志熊の真実 [中編]
昨日は3連休の終わりを嘆くかのような大雨に見舞われた熊猫犬地方。
そんな中、うっかりサンダルで仕事へ行ってしまった局長です。 朝は小雨でした。
――― さて、昨日のつづき。
真熊の長男 「志熊」 を “親父” の元へ養子縁組みを試みるお話。
いつもと違い、ちょっと短編小説っぽく綴っているので、俺のことを昭和初期の文豪のように感じながら読んでほしい。

親父宅へ到着するや否や、俺はダイニングテーブルのいつもの席に座る親父の正面の席に着いた。
そして、遠まわしに話を切り出した。
実は先週のうちに、「大事な話をしたいので、土日に伺う」 とだけ伝えておいたのだ。
だから、親父も話を聞く準備はできていた。
俺はこれまで、親父に対して無理なお願いやワガママを言ったことは一度もない。
金の無心も、おねだりも、何もしたことはない。
その俺が、改まって何かを伝えに遠路遥々やって来たのだから、とりあえず小さな話でないことは容易に想像がついたであろう。
俺は言った。
「これまで親父になんら無理を言ったことのない俺の、最初で最後のお願いがある」
これだけ伝えて、おもむろに席を立つ俺。
そして、玄関から外へ出て、再びダイニングへ戻り、怪訝な顔をしている親父の前に、懐からあるモノを差し出した。
「コイツを親父に育ててほしい」

親父は完全に不意を突かれた表情をしていた。
目の前には、真熊を小さくしたような黒い生き物がいる。
俺から強引に手渡され、それが子犬だとようやく理解したところで、初めて口を開いた。
「俺は生き物は飼わないって」
想定どおりの答えだった。
故に、この先の話も進めやすいと思った。
俺は、この子が真熊の子供であること、この片田舎で一人ぼっちで生活する親父の精神衛生面が心配であることなどを伝えた。

親父は、俺の考えに理解は示すものの、
「地域の活動は充実しているし、孤独を感じることなどない」、
「動物がいると行動に制限が掛かるから、飼わないと決めている」、
「最後まで面倒見れるかも分からない」
といった、やはり想定していた答えが返ってきた。
別に強がりだとは思わない。
今の親父は、熊猫犬地方で暮らしていた頃よりも明らかに充実した日々を送っている。
むしろオカンが逝ってから、その遺志を継ぐかのように、オカンの遣り残したことを代わりに頑張っている感じだ。
だから、尚のこと言った。

「この田舎で、真熊のような室内犬を飼うこともオカンの夢だったはずじゃん」
でも、親父は言う。
「あの時、お母さんに任せて犬を飼わなくて本当に良かった。
この生活で犬がいたら、あれこれ大変だし、やりたいことなんてできないよ」
この回答は正直想定外だった。
思いのほか難易度は高い。
しかし、その空気を読んだのか、今度は志熊が動き出した。

親父の手をぺろぺろ舐めては、どこで覚えたのか上目遣いで親父を見つめる志熊。
膝の上に乗せられていたのだが、お腹を伝って親父の首下までよじ登っていく。
思わず志熊を持ち上げて、顔をまじまじと見るめる親父。
そして言った。
「本当にそっくりだな・・・・」
この時、志熊が自ら親父の心の壁に穴を開けたと確信した。
「チャ~ンス!」 とばかりに俺は話を続けた。
実はブログをやっていること、そのブログが自分で言うのもなんだけどけっこう有名なこと、志熊が生まれる時の奇跡、昨日まで多くの犬・猫に囲まれて愛情をたっぷり受けながら暮らしていたこと、多くの読者に愛してもらっていること・・・
ちなみに、ブログで時折親父をネタにしていることは話さなかった。

「・・・で、育ててもらえる?」
話し合いを始めて一時間以上が経過していた。
最後の確認のつもりで尋ねた。
しかし、それでも親父は、
「でも、こんな小さい子を育てる自信なんてないからなぁ」
と、どうにも首を縦に振らない。
そういえば、俺が愛玩動物飼養管理士とか、キッチンスペシャリストとか、マニアックな資格をもっていることも親父は知らない。
恐らく、俺がどんな仕事をしているのかもよく分かっていないかもしれない。
慌てて補足する。
「俺はペットショップの店員が取るような資格をもってるから、いつでもバックアップはする」
「知り合いに “餡ドーナツ” という新米獣医師がいるから、いざとなったら往診させる」
「真熊をここまで体育会系に育て上げた俺が、必殺のしつけマニュアルを作ってやる」

それでも親父は、明確な意思表示をしないまま俺に言った。
「まぁ、風呂にでも入ってこいよ」
俺は思った。
「今夜はダメだ・・・・」
志熊の実物を抱っこさせれば、あれだけ真熊を溺愛している親父なら一瞬でノックアウトできると思っていた。
しかし、実際は思いのほか強敵だった。

そういえば、姉も言っていた。
「いろいろ考えがあって飼わないらしいから、難しいと思うよ」
今年の正月も必死に犬を飼うことを薦めていた姉だったが、見事に玉砕していたのだ。
湯船に浸かり、「こりゃ、志熊を連れ帰って我が家で育てることになるなぁ・・・・」 と覚悟を決めた。
別にそれを望まないわけではない。
それでも、どうしても親父に託したかったのだ。
頭の中では、ドリフの ♪ババンババンバンバン、ハァビバノンノン♪ が静かに流れていた。

風呂から出て、パジャマに着替え、もう一戦いこうか迷いながらもダイニングに戻ると、どうしたことか志熊がいない。
親父は何食わぬ顔して俺の晩ごはんを作っている。
まさか、野に放ったのか? 田舎ゆえに。
不安がよぎり親父に尋ねると―――
「クンクン泣くからよぉ、一人にできなくてな」
と言いながら、俺の方を向く親父のお腹辺りに・・・・・

志熊!
てゆうか、有袋類か!
この瞬間、俺は心の中でガッツポーズをしていた。
志熊が自ら親父を落としたのだ。

結局、この日はそれ以上、志熊を飼う飼わないの話はしないでおいた。
親父は志熊を抱きかかえたまま、普通に俺と酒を飲み交わした。
志熊が眠り始めてからは、“サモママ” さんから戴いたベッドに真熊と共に寝かせ、その様子を二人して見つめていた。

こうして、答えは出ないものの、何か光を覗かせたまま土曜日の夜は過ぎていった。
つづく
無意識のうちに最高のタイミングで親父にアピールを仕掛ける志熊に―――

繰り返すが、本当ならこの手で志熊を
育てたいのだ、俺だって・・・・

いつもアリガトウございます m(_ _)m
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【今日の一言】
志熊は本当に真熊の幼少期にそっくりだ。
“広島女” にも見せてあげたいくらいだ。 嫌味を小一時間ほど言い続けながら。
| 真熊の子供 | 04:13 | comments:46 | trackbacks:0 | TOP↑