fc2ブログ

熊猫犬日記

婚約相手に逃げられた男とその扶養家族:アライグマ・猫・犬(黒ポメラニアン)たちの奮闘記!

前へ≪ PREV | PAGE-SELECT | NEXT ≫次へ

≫ EDIT

千寿の没後3年…

皆さま、こんにちわ。

お待たせしました。
更新が遅くなって申し訳ないです。 局長です。



――― さて、一部の賢明な読者の方はお気付きだったが、今日はアライグマ千寿の命日。


早いもので、千寿が駆け足のように突然俺の前から消えてしまってから、3年が経った。
あれから、もう3年か・・・・・


20111119_千寿没後3年1

他のアライグマ同様に、獰猛な面も持ち合わせながら、基本的には穏やかで人懐っこい、
ストレートな感情表現をしてくれた千寿。



20111119_千寿没後3年2

「平均体重7~8kg」 と動物図鑑に書いてあるアライグマの定義をあざ笑うかのように成長し、
全盛期で17kgまで大きくなってしまった千寿。



20111119_千寿没後3年3

散歩の途中で歩き疲れてしまうと、小さい子供のように肩車をせがんできた
省エネ・アライグマの千寿。

俺たちのこの姿は近所でも有名だったようだ。



20111119_千寿没後3年4

シマシマのしっぽが立派だった千寿。

猫のしっぽと比べると、魚肉ソーセージとボンレスハムくらい太さに違いがある。
そして、アライグマはどういった進化の過程でしっぽがシマシマになってしまったのか、
いつも俺は気になっていた。



大きな公園” で。


20111119_千寿没後3年5

千寿が元気旺盛だった10年くらい前までは、今の真熊同様によくここへ来ていた。
行き交う人に 「タヌキですか?」 と聞かれると、えらく腹が立ったのを思い出す。

「テメェ、自分の子供を “サルですか?” って聞かれたら腹立たねぇのかよ!」
なんて言ってやったこともあったが、今こうして考えると当時の俺の中では無意識に
“アライグマ > タヌキ” なんていう順位付けがされていたようだ。

ごめんよ、タヌキ・・・・・



20111119_千寿没後3年6

17kgにも及ぶ千寿は、歩かない場合真熊のように抱っこするというワケにもいかず、
運搬手段はおんぶか肩車だった。



真熊が 「階段ダッシュ」 に明け暮れる階段。


20111119_千寿没後3年7

当時の俺と千寿にとっては、単なる撮影スポットでしかなかったようだ。



今も鮮明に頭の中に焼き付いている千寿との日々。

20111119_千寿没後3年8

 千寿との生活がなければ、ここまで動物の世界に興味をもつことも、どっぷり浸かることも、
 犬や猫を飼うことも、愛玩動物飼養管理士の資格を取ることもなかった。

 俺の人生に多大な影響を与えてくれた千寿。
 天国では幸せに暮らせているのだろうか。

 
 とにもかくにも、14年間ありがとう。
 今夜は一緒に晩酌しよう!




風格も愛嬌も持ち合わせていたアライグマの千寿に―――


にほんブログ村へ 冥福を祈って 「ポチ」 を是非お願い♪

 死んでから未だ一度も夢に出てきて
 くれない千寿。 シャイなヤツだ・・・・
 


人気ブログランキング そのままの勢いで、もう1クリック!
 いつもアリガトウございます m(_ _)m 
 マジで励みになってます!





【今日の一言】
午前中にアップしていた 「しばらくお待ちください…」 という記事。
コメント欄がおかしくて、以前のコメントが表示されてしまったりしていたので、
表示を消しました。

コメントは全て読んでおりますので。
入れてくれた皆さま、ありがとうございます!



【被災地のペット支援のためのリンク】

■被災地入りして活動しているドッグレスキュー

 >>> 『ドッグレスキュー UKC JAPAN

| 千寿[回想] | 16:14 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

千寿の二周忌

本日11月19日は、我が家の長男、アライグマ千寿の二周忌・・・・
二度目の命日だ。

※仏事の言葉では 「三回忌」 となるが、法要するわけでもないし、“亡くなって2年” という
 意味を伝えたいので、あえて 「二周忌」 なんて書いている。


あらいぐま千寿

早いもので、もう2年も経ってしまったのか・・・・



病院で息を引き取る時のことと、火葬場で炉に入れられていく時のことは、
未だに記憶にフタをしている感じで、意識的に思い出さないようにしている。


千寿の部屋掃除

もし、猫どもや真熊との出逢いが、千寿の死の後であったなら、
間違いなく飼うことはなかっただろう。

それくらいショックだったあの日から、もう2年か・・・・・



2年間、俺は何をしていたのだろうか。


千寿とにいな①

去年の今日のブログで、

“千寿が顔を出していた部屋の窓を、外に出るたびに見上げてしまう習慣は今でも抜けない。”

と綴っていた。


この習慣も、今ではなくなってきていることに気付く・・・・・



千寿とにいな②

絶対に忘れたくはないのに、千寿のニオイや、毛の感触、部屋のドアをガリガリする音、
肉球の温度・・・・・

そういったものが徐々に思い出しづらくなってきている。



おんぶ

アライグマも、今では特定外来生物に指定されてしまい、新たに飼育することは禁止され、
野生の個体は駆除の対象となってしまっている。

そんな現状を、千寿は天国でどういう気持ちで見ているのだろうか。



ジャングルジムの上で①

そういえば、千寿を連れて行っていた近所の小学校、あれから一度も行っていない。

行く必要がなくなってしまったし、何より思い出すから。

不思議なもんだ。
千寿が元気な頃は、しょっちゅう通っていた場所なのに。



ジャングルジムの上で②

そう考えると、ペットの存在というのは本当に大きいものだ。
まさか2年経った今でも、こんなに尾を引いているとは思いもしなかった。

まぁ、アライグマと暮らすというのは、予想以上に大変な道のりだったこともあるからか。



首輪の金具

二年経った今でも、俺はこのネックレスは毎日必ず付けている。
千寿の首輪を分解して取り出した金具を付けたネックレス。



いつものお散歩風景

千寿が逝ってから、当然であるが一度も千寿とは会っていない。
夢でもいいから、一度くらいは出てきてほしいものなんだが・・・・

そっちの世界で忙しいのか? 千寿。



―――そんな千寿との想い出を辿っていたら、貴重な写真を見つけた。


4兄弟がそろった唯一の写真


千寿を火葬場に連れて行く直前に撮ったものだ。
亡くなった翌日、つまり2008年11月20日に撮った写真。

保護してきて数分しか経っていない寿喜も一緒に写っているのだ。

これが、4兄弟が全員集合している唯一の写真。



仲がいいとは言えないが、残された3匹は何とか頑張って生きているぞ、千寿よ。



にほんブログ村へ 湿っぽい内容になってしまったけど、
 今日は早く帰って千寿と乾杯だ。
 天国の千寿是非 「ポチ」 っと★
 


人気ブログランキング そのままの勢いで、もう1クリック
 お願いします m(_ _)m
 励みになります!




【今日の一言】

名刺の発送、順調に進んでますからね!

| 千寿[回想] | 07:43 | comments:34 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

あらいぐま千寿 ~Episode.1

先日の 『千寿との記念日』 のつづきです。

今後も、この “Episode” シリーズとして、定期的に千寿との想い出を綴っていこうかと
思います。
レギュラー企画になります!



―――さて、家に来て1ケ月くらい経ったころの千寿です。


後部座席で熟睡

この頃は、どこへ行くにも一緒。
一時間おきにミルクを与えながら、徐々に離乳食に切り替えていた時期だ。

今となっては正しかったのか分からないのだが、当時は人間用の離乳食を与えていた。
学生の俺にとっては高額で懐が痛かったのを思い出す・・・・

そして、車の中では助手席に座らせておくも、眠くなると勝手に後ろ座席に移動して
仰向けで熟睡するのであった。



チーズ鱈

今となっては絶対にNGなことだが、固形物を食べ始めた頃は、
よく人の食べ物を与えてしまっていた・・・・

ちなみに画像は、「チーズ鱈」 を食べている。

チーズが大好きだったのだ。
柔らかいし、離乳食の代わりにもなるので、よく与えてしまっていた。

だって、「あらいぐまラスカル」 でも、スターリング(主人公)はラスカルに
ビスケットとか与えてたし、普通にOKかと思っていたんですよ・・・・



これは、ミルクを卒業した頃の千寿。


食卓で食事

まだペット用のお皿を買っていなくて、普通のお皿でフードを食べさせていた。

しかも、今では考えられないことだが、食卓に大きな紙を敷いて、
その上で食事をさせていたのだ。

なんで、こんなことしてたんだろう・・・・



そうそう、「アライグマ」 という名前だけあって、千寿は物を洗う行為が好きだった。


水遊び

画像は、海(千寿も連れて行った)で使った、浮き輪などに空気を入れる 「ぺこぺこポンプ」
の蛇腹ホースだ。

なんでこんな物を一生懸命に洗っているのかは不明・・・・



そして、固形物を食べ始めてからの成長は驚くほど早かった。


相模川へ

10月には、このサイズになっていた・・・・

6月末の時点で650gしかなかったのに、ものの3ヶ月で10kgに迫る大きさになってしまった。
相模川へ行っても怖がらなくなっていた。



そして、普段の生活は俺の部屋を含め、家中を駆け回っていた。


俺のベッドで・・・

とくに俺のベッドは我が物顔で使っていた。



寝る時も一緒だった。


一緒に寝ていた・・・

なぜか千寿も枕を使うので、一つの枕を共用していた。

千寿の毛が俺の鼻の穴にモショモショ入ってきて飛び起きたりしていた。
イビキもうるさかった・・・・


ホント、いい想い出・・・・・


[ ※1994年8月~10月の回想 ]


にほんブログ村へ アライグマとの生活は本当に貴重な
 経験だったと思う。 今さらだけど・・・・
 そんな千寿との想い出に是非 「ポチ」 っと★
 
 


★ そのままの勢いで、もう2クリックお願いします m(_ _)m ★

人気ブログランキング  FC2ブログランキング
 

| 千寿[回想] | 11:12 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

千寿との記念日

【予定変更のお知らせ】

昨日からの流れだと、本来は 『再びMキック邸へ』 の後編となるはずですが、
急きょ予定を変更します。
俺のスケジューリングが間違っておりました。


それは―――


今日 6月24日は、アライグマ千寿が我が家へやって来て16周年なのだ。



16年前の今日は金曜日で、予約していたペットショップに取に行くと、
ハムスターなどの小動物用のゲージに入れられて、隅っこで小さく丸まって、
きっと怯えていたのだろう、ブルブル震えていた。

これが千寿とのファースト・コンタクトだ。


てっきり、そのゲージごともらえるのかと思いきや、中からそのアライグマの子だけを
取り出して、「はい、どうぞ」 と渡されたのには驚いた・・・・


4日目の千寿

我が家に来て4日目の千寿。

ちなみにここは、このブログ上でも何度か出てきている 「大きな公園」。
今でこそ、真熊を連れてよく行ってるイメージがあるが、実はこの頃から千寿を連れて
通っていたのだ。

写真は、体重650gの頃の千寿。


実はこの日、ようやく千寿が我が家に馴れてきた兆候が見えたので、
初めてこの公園に連れてきたのだった。
それまでの丸3日間は、ミルクもまったく飲まなかったのだ。

かなり緊張していたのか、哺乳瓶を無理やり口に射し込んでも飲むのを拒否していた。
それが4日目になると、昨日までの抵抗がウソのようにゴクゴクと飲み始めたのだ。


寿喜も同じ症状を・・・

そういえば天然猫の寿喜も、千寿とまったく同じで、我が家に来てからキッチリ3日間は
押入れから一歩も出てこず、フードも水も拒否していた。
それが4日目から堰を切ったように食欲が出てきたものだった。



生後1ケ月半程度で我が家へやって来た千寿は、人間でいうと完全な赤ちゃんである。
当然、好奇心旺盛で、いろいろなものに興味を示した。


観葉植物に興味津々

この日は観葉植物に興味を示し、ひとしきり遊んでいた。



アライグマは元来、野生動物なのだが、千寿にはそんな緊張感というか、
サバイバル感のようなものがハナっから欠けていた。

それを体現しているのが 「寝姿」。


仰向けで寝る

赤ちゃんの頃から、寝る時は仰向け。

普通なら丸まって、少しの物音でも飛び起きるくらいの警戒心の中で眠りをとるのだが、
千寿はいつでもこの有様・・・・



そういえば、赤ちゃんの頃はよく姉もオカンも面倒を見ていた。


姉からミルクをもらう

まだ歯も生えてなく、離乳もしてない状態だったので、
一時間おきに哺乳瓶でミルクを与えていた。

アライグマが 「人に馴つかない」、「成熟すると獰猛になる」 といった話は、
すでにこの頃から話題になり始めていたので、少しでも絆を強められるようにと、
離乳していない状態の子を問屋さんに探してもらっていたのだ。



姉からミルクをもらう

手が器用なのは知っていたが、哺乳瓶を自分で持つ姿を初めて目の当たりにした時は、
あまりの可愛らしさに感動したことを覚えている。



寝るのは、もっぱら洗濯機の中。

理由は不明だが、中に入っている洗濯物がフカフカで気持ち良かったのか・・・・
季節は初夏だったし、さすがに毛布は暑くなってきてたのかもしれない。


寝るのはもっぱら洗濯機の中

そのため、我が家は洗濯機を回す前には、洗濯槽の中をくまなくチェックする必要を
強いられたのであった。



我が家に来てから2週間ほど経った頃、千寿を初めて相模川へ連れて行った。

そして、川の浅瀬に入れてみると―――


初めての川遊び

ものすごい勢いで陸へ逃げていった・・・・

おかしい。
「ラスカル」 は、ウェントワースの森を流れる川でも、バカンスで行った湖でも、
気持ち良さそうに泳いでいたはずだが・・・・・

さらに、教えもしないのに、ザリガニを捕まえて食べたり。



結局、俺の肩まで駆け上り、その後は一切降りてこなかった。


俺の肩の上に逃げる・・・

動物ってのは、教えられなくても備わっている本能があるはずだが、
千寿に関しては、既にいろいろなものが薄れていた気がする・・・・

そして、16年前の俺はヒゲもなく、心なしか線も細く(体重は変わっていないのだが)、
ナイフみたいにギラギラしていたのだが、どこかあどけない感じでちょっと恥ずかしい・・・・


昨夜、0:00を回り、日付が 6月24日になってから、
千寿のお墓には大好きだったビールをお供えした。


千寿のお墓にビールを

16年前、俺の元に来てくれてありがとう。
今日はこれでお祝い。


また少しずつ千寿との思い出は綴っていこうと思う。


にほんブログ村へ とりとめのない文章になっちゃったけど
 赤ちゃんの頃の思い出だけを綴ってみた。
 そんな天国の千寿に是非 「ポチ」 っと★
 
 


★ そのままの勢いで、もう2クリックお願いします m(_ _)m ★

人気ブログランキング  FC2ブログランキング
 

| 千寿[回想] | 08:19 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

千寿の一周忌

今日11月19日は、我が家のアライグマ、最愛の[千寿]の一周忌である。

早いもので、あれから一年が経ってしまった。



ラスカル 千寿は、俺が幼少の頃に 「世界名作劇場」
 『あらいぐまラスカル』 を見て強く影響を受け、
 「大きくなったら絶対にアライグマを飼う」
 と心に誓った思いを、そのまま実践する形で
 我が家に来たアライグマなのだった。

 離乳すらしていない状態で手に入れ、
 哺乳瓶でミルクを与えながら育てた。

どこへ行くにもカバンに入れて連れ歩き、一時間おきにお湯を探してはミルクを溶かし、
哺乳瓶で与える日々。

傍から見たら怪しさ120%だ。

千寿
        [自分で哺乳瓶をもってミルクを飲む姿は悩殺的だった…]


家に来た当時は650gしかなかった小動物は、わずか一年で15kgまで巨大化し、
全盛期には17kgを記録したほどの巨漢に育った。

千寿
        [家に来た頃の千寿。 俺の足くらいの大きさしかなかった]


ちなみに動物図鑑で 「アライグマ」 を調べると、「体重:7~8kg」 と書いてある。
その差、倍以上・・・・
洗う行為がなければ只の 「クマ」 だ。


千寿
         [全盛期の頃の千寿。その大きさはハンパじゃない…]



千寿との日々は、「あらいぐまラスカル」 への疑問や怒りを認識していく日々でもあった。


まず、ラスカルの名シーンでもある、
「角砂糖をもらったラスカルがミルクに漬けて洗っていたら、溶けてなくなってしまう」
という場面。

あらいぐまラスカル これを生で見てみたい!
 という当たり前の衝動に駆られて、
 わざわざ角砂糖を買いに行き、
 水桶を用意した状態で千寿に与えてみると・・・・・

 水には漬けずにダイレクトに口の中へ。。。


おいおいお~~い!



次に、
「洗濯屋のジムからキャンディーをもらったラスカルは、
 器用に包み紙をほどいてキャンディーを取り出し、口いっぱいにほおばる」
という場面。

当然これもライブで見てみたい!と思い、わざわざキャンディー包みした飴を探して買ってきて、
千寿に与えてみると――

ビニールの包みごとダイレクトに口の中へ。。。

そして、バリバリ噛み砕いた後で、イヤそうな顔をしながら引き裂かれたビニールの包み紙を
口から出す醜い光景・・・・

こらこらこら~~!



そして、ラスカルのオープニング。
「スターリングが自転車の前カゴにラスカルを入れて疾走する」
というシーン。

ラスカル これこそアライグマ飼育者の醍醐味だ!と思い、
 母のママチャリを借りて千寿を前カゴに
 セッティングし、走りだすと――


 ハンドル伝いに俺の腕にしがみ付き、
 そのまま腕伝いに肩まで登ってきてしまった・・・・


ちょぃちょぃちょ~~い!


――てゆうか、そもそもアライグマは世間が思ってるほど洗わない。
初めて与えたものは、とりあえず水に突っ込むが、2回目以降はダイレクトに口の中に入れる。
角砂糖や飴なんて初めてあげたのに・・・・


そして、生後一年くらいで手がつけられなくなること。

よくよく考えてみると、スターリングは
「ミルウォーキーに引っ越す」
という大義名分のもと、生後一年が経ったラスカルをウエントワースの森に放すのだ。


あらいぐまラスカル
 [問題のシーン。 ラスカルを降ろし、一目散にカヌーを漕いで消えていくスターリング]


この 「一年」 という期間は、まさに手がつけられなくなる時期に合致。
ヤツこそ、捨てられたアライグマが野生化して生態系を脅かすきっかけを作った 「お手本」!

しかも、「あらいぐまラスカル」 は、原作者のスターリング・ノースが少年時代を回想した
自叙伝である。
実話なのだ。

おのれスターリング!
アライグマの一番かわいい時期だけ刹那的に飼育して、
あとは 「自然に帰す」 などという都合のいい言い訳のもとリリースしやがって。

アライグマが特定外来生物に指定されて飼育禁止になったのは、お前のせいだ!



千寿

――そして、14年間にわたり苦楽を共にしてきたアライグマの千寿は、
2008年の11月19日、慌てて旅立つかのように突然逝ってしまった。


本当に苦労もしたし、たくさん幸せももらった14年間だった。


その日、病院に連れて行った千寿が俺の目の前で息を引き取り、
泣きながら車に乗せてホームセンターに行き、千寿を入れる箱を買い、
花屋で沢山の仏花を買い、八百屋で千寿の好きな果物を買い、
ロウソクやお線香、それらを立てる仏具を買い、
家に帰って温かいタオルで体を拭いてあげて、
さっきの段ボールにお気に入りのバスタオルを敷いて千寿を寝かせ、
買ってきた果物を入れて、千寿が見えなくなるほどお花を入れて、
線香をあげて・・・・


千寿


ネットで近隣の火葬場を探して予約を入れて、
あとはただひたすら千寿の横で大の大人が泣きじゃくっていた。


翌日、火葬場に行こうと思った時に、隣のお婆ちゃんから電話が鳴り、
近所でうずくまっているという猫を保護させられ、とりあえず家に連れて帰り放置。

正直、そんなことに気が回らなかった。
しかし、これが後の寿喜なのである。
(この詳細はまた後日に)


仕切り直しで火葬場へ向かい、手続きを済ませ、
炉に入れる台に千寿を寝かせ、
旅立つ千寿に持たせるものを一緒に並べた。

大好きな果物、お腹が空かないように、いつも食べてるドッグフード、
お気に入りのバスタオルと、千寿が逝った時に俺が来ていた服。

初めての場所でも、「父親」 のにおいがあれば少しは落ち着くかな?と。


首輪は外した。
リードも入れなかった。
この世では、首輪を付けて自由を奪ってしまったから、
せめて 「あっち側」 へ行ったら、自由に走りまわれるように。


準備が終わると、係員が事務的に次の作業に進む。
千寿が炉に入れられるのだ。


一時間半くらい待った後、声が掛かる。

そして、炉から出てきた千寿は、何かの標本か図鑑で見たような
ただの骨になってしまっていた・・・・


用意された骨壷に、泣きながら長い箸で骨を拾い、
全部拾い終わると係員が蓋を閉じて包んでくれて、千寿の名前が書かれたラベルを貼られる。


千寿


「○○(局長)家 愛 千寿」
と書かれていた。

愛って?
後で分かったのだが、犬なら 「○○家 愛犬 モモ」 といった風に書かれるらしい。
アライグマは、“愛●”に該当する文字が思いつかなかったようだ・・・・


死ぬ間際は12kgあった千寿は、小さな壷に収まるくらいになってしまい、
それを大事に抱えて家に帰った。


千寿の肉体までが消えてしまったのだ。



ここで俺の緊張というか、泣きながらも張り詰めていた糸が完全に切れてしまい、
前日と土日も含めて一週間も会社を休んでしまった。

ポッカリ穴が開いてしまったのだ、心に。


少し落ち着いてから、千寿のお墓を注文し、四十九日にはお経を読める友人に頼んで
形だけでもお墓に 「魂入れ」 をして納骨した。


千寿

前にも紹介したが、千寿のお墓は室内用の墓石。

縁もゆかりもない墓地に入れられても寂しいのでは?と思い、
千寿が育ったこの家で、ずっと一緒にいれるようにと、このお墓を用意した。



あれから一年。

千寿が顔を出していた部屋の窓を、外に出るたびに見上げてしまう習慣は今でも抜けない。


ちゃんと天国に行けたのだろうか。

俺と過ごした14年間は少しは幸せだったのだろうか。

俺とめぐり合わなければ、もっと幸せな生涯を過ごせたのだろうか。


いろいろ考えてしまうが、それでも俺と千寿の14年間は確かにあったのだし、
これからも千寿への感謝を忘れずに、思い出に耽りながら生きていこうと思う。

千寿の弟たちの世話もあるしね。
(にいな・真熊・寿喜の3バカ兄弟)

千寿
   [にいなが初めて千寿に挨拶した日。 ビビるにいなと気にも止めない千寿…]


――千寿よ、今日はお前の好きなビールをお供えします。

生前のように一緒に晩酌しようね!

| 千寿[回想] | 22:29 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

前へ≪ PREV | PAGE-SELECT | NEXT ≫次へ